燈火可親
音楽との出会いは、音のある場所に限りません。美しい歌の一節が、分厚い本の片隅で誰かの耳に届くのをじっと待っているのだとしたら・・・。

題名は「その歌声は天にあふれる」(ジャミラ・ガヴィン作 / 野の水生訳、徳間書店)

舞台は十八世紀イギリス。作者前書きから。--「あるとき、友人が独り言のように言ったのです。そういえば、十八世紀に<コーラム人>というのがいてね、と。捨てられる子を集めてまわっていた男。そのころ設立されたばかりの<捨て子の扶養・教育のためのコーラム養育院>に「連れて行ってやるから」と、まことしやかに請けあって。ところが、当の養育院では、そのような者はついぞ雇ったことがなく・・・[当時]子どもたちは、動物以下であるかのようにあつかわれていて、家庭であれ、上流子弟の行く全寮制のイートン校であれ、<死の家>同然の教区孤児院であれ、大聖堂の聖歌隊学校であれ、虐待は日常風景、・・・こうした状況を大いに憂え、改善しようと、ロンドンに養育院を設立したのが、トマス・コーラム船長です。1741年のことでした。」

望まれない赤ん坊を「コーラム養育院」に連れて行く慈善の商人オーティス(その裏には残忍な事実が・・・)、息子ミーシャク、智恵遅れで「空っぽの器」と思われながら無垢な心で少女メリッサに思いを寄せる。メリッサと惹かれ合う大領主の後継ぎ、少年アレクサンダー、親友トマスとともに音楽家になる夢を追うが、父ウィリアム卿に反対され、メリッサを残し家を去る。やがて、4人の若者の運命にオーティスの黒い影が差す・・・。

これらの舞台と人物を縦糸に、物語は音楽の横糸で彩られます。楽しげなイギリスの遊び唄のほか、パーセル、トーマス・オーガスティン・アーン(1710-78年)、ヘンデルらの作品。そして大事な1曲、≪The silver swan 銀色の白鳥≫。オルランド・ギボンス(1583-1625)が書いた合唱作品"The first set of madrigals and motets of 5 parts"の中の1曲です。すべてが織りなす想像の世界はまるでオペラを見るよう。一気に読みすすめたページから目を上げる。心地よい読後の疲れ。

秋から冬へと移ろう季節の空を、ふと見上げる。胸の内に鳴る音楽を味わいたい。

みちしるべ

楽譜The singing game / by Iona and Peter Opie(Oxford University Press、1988, c1985)ISBN 0-1928-40193

CD Draw on sweet night : English madrigals / The Hilliard Ensemble ; Director Paul Hillier (EMI: CDC 7 49197 2)

燈火可親 (とうかしたしむべし) - 秋の季語。

初出:「ハーモニー138号2006年」2006.10.10発行/
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