「コダマする書棚 」第4回 アーサー・ビナード


photo: Sachiko Shintani

「コダマする書棚」は、社団法人 全日本合唱連盟附属合唱センター資料室が2005年より実施している企画展示です。

毎回ある人物がそれぞれ自由な発想・テーマで資料を選択、それぞれの今の思いを映す書棚が館内に再現されます。

2009年春、第4回目として、詩人のアーサー・ビナードさんによる書棚を展示しました。その資料のいくつかをご紹介します。

をクリックするとアーサーさんの朗読が試聴できます。

Uncle Remus, his songs and his sayings

by Joel Chandler Harris; with an introduction by Thomas Nelson Page, and Illustrations by A.B. Frost and E. W. Kemble. : New York, London, D. Appleton and Company, 1919.



南北戦争のころからジョエル・チャンドラー・ハリスという白人が、奴隷または元奴隷の語部を何人も訪ね歩いて、方言を大切にしながら、その話を記録。それから、語部たちの魅力をまるで一人に凝縮するようにしてUncle Remusというおじいさんを作り、『アンクル・リーマスの語った話』として民話を本にまとめた。

トリックスター役のウサギどんを中心に、キツネどん、クマどんなどが活躍するストーリーは「アメリカのイソップ物語」として多くの子供たちに愛されてきた。

朗読テキスト・・・He holler so much at night dat de yuther creeturs can't git no sleep. He'd holler an' holler, an' 'bout de time you think he bleeze ter be 'shame' er hollerin' so much, he'd up an' holler ag'in. It got so dat de creeturs hatter go 'way off somers ef dey wanter git any sleep, an' it seem like dey can't git so fur off but what Brer Bull-Frog would wake um up time dey git ter dozin' good.
He'd raise up an' 'low, Here I is! Here I is! Whar'bouts is you? Whar'bouts is you? Come along! Come along!' It 'uz des dat a-way de whole blessed night, an' de yuther creeturs, dey say dat it sholy was a shame dat anybody would set right flat-footed an' ruin der good name. Look like he pestered eve'ybody but ol' Brer Rabbit, an' de reason dat he liked it wuz kaze it worried de yuther creeturs. He'd set an' lissen, ol' Brer Rabbit would, an' den he'd laugh fit ter kill kaze he ain't a-keerin' whedder er no he git any sleep er not. Ef dey's anybody what kin set up twel de las' day in de mornin' an' not git red-eyed an' heavy-headed, it's ol' Brer Rabbit.


“アンクル・リーマスの語った話”(連載), A「カエルの尾」

アーサー・ビナード 訳 --花椿
No.688, 2007年10月号 : 資生堂, 2007年.



ぼくと同い年のアメリカの友人に『ドリトル先生』で育ったヤツがいれば、『クマのプーさん』で育ったのも『千夜一夜物語』で育ったのもいる。けれど、うちはもっぱら『アンクル・リーマス』だった。ぼくにとって最初で最強のヒーローは、文句なしブレア・ラビットだ。

「ブレア」とは(イギリスの首相とは関係なく)、方言で「ブラザー」のこと。この場合は「どん」か「くん」のように、親しみを込めて男性の名前につける言葉だ。すばしっこくて陽気で、機転が利くし切れるし、体は小さいが負けん気の、そんな<兎どん>が活躍する・・・

大人のぼくは日本へきて、日本語で詩やエッセイを書くようになり、いつしか詩集を作りたいとか、絵本を描きたいとか思うようになったのだが、そのずっと奥には『アンクル・リーマス』の全訳を手がけてみたいという思いもある。ときどき本棚から取り出しては三、四話を読み、和訳のことをあれこれ思う。だが、まだ取りかかるには早いと、やがて棚に戻す。

何しろ大変な分量だ。それに、幼年時代からぼくの耳に入っているとはいえ、その方言のニュアンスを完璧に捉えるには、原文をもっと読み込まなければならない。そうしながら子どもの時分の、聞き手としての体験をもう一度見直すことも必要だろう―この話のどこが、心にどう響いたか。日本語の中で、それをどう再現すればいいのか。
-アーサー・ビナード著『日本語ぽこりぽこり』(2005年, 小学館)より

朗読テキスト・・・とにかく夜の間中ひっきりなしに、なんだか謎めいたよびかけみたいに、「おらけろ おらけろ ここだぞ ここだぞ おまえは おまえは どこだろ どこだろ おらけろ おらけろ・・・・・・」などと鳴いていた。

あまりにも盛んに鳴くので、ほかの動物たちは眠れず、みんな池からなるべく離れて休もうとした。しかしウシガエルのあのだみ声が、かすかに聞こえるだけでも、気になってしかたがない。耳の奥で「おらけろ おらけろ ここだぞ ここだぞ・・・・・・」が、いつまでもこだましてしまう。

動物たちがこぞって睡眠不足に悩む中で、充分眠れて平気だったのはウサギだけ。というのも、ウサギはなかなかの変わり者で、キツネやクマやアライグマなどがうるさがって困っている様子を見ていると、笑わずにはいられない。ひとり愉快な気分になて、ウシガエルがどんなにうるさく鳴いても、よく眠れたのだ。

ごあんない
”アンクル・リーマスの語った話”は現在も花椿に掲載中。


“本番”- ゴミの日 : アーサー・ビナード詩集 (詩の風景) より
アーサー・ビナード 作, 古川タク 絵 : 東京, 理論社, ISBN: 978-4652038642, 2008年.



この詩にアーサーさんが選んだ音楽から―バルトーク作曲 ≪弦楽器, 打楽器とチェレスタのための音楽≫。

春、いろいろな生き物がうごうごとしだす季節、ゼンマイの芽吹きを「ヴァヴァ・・・・・ゼォゼォゼォ―」とあらわしたアーサーさんの感覚によく合う一曲。


“鼻唄” -- 釣り上げては : 詩集より

アーサー・ビナード 著: 東京, 思潮社, ISBN: 978-4783712008, 2000年.



ぼくの場合、演歌との出会いは、質屋から始まった。

来日したてのころ、池袋の日本語学校に毎日通い、それが入っていた雑居ビルの裏には、品ぞろいが豊富な質屋があった。シチグサ以外に、乾電池やカセットテープや使い捨てカメラ、傘などの雑貨も安く売っていた。ある日の放課後、店の前に並べてあった「大特価」のカセットの棚を、ぼくは物色して、「演歌ベストコレクション」といったものを、試しに一本買ってみた。

「港」がやたらと出てくる歌、粘っこい失恋の歌などあれこれ入っていたが、当時のぼくを強烈にひきつけたのは、「酒は涙か溜息か」という一曲だった。いや、第一印象はどこか暇そうな、地味な感じの旋律だったが、いつの間にか体内にしみ込んできて、まるで昔から親しんだソングみたいに、妙な懐かしさを覚えた。

そして歌詞カードとにらめっこして、どうにか一番を解読、そこで面食らったのだ。「あれッ、動詞がどこにもない!」

日本語の文法と日々格闘していたぼくは、序詞なるもののすごさをまだ飲み込めていなかった。やはり英語的な、名詞と動詞があってセンテンスが成り立つという発想が、自分のベースにあって、「酒は涙か溜息か」でそれがぐらりと揺らいだわけだ。

「酒は涙か溜息か 心のうさのすてどころ」と、一番はこれのみで完結している。「酒」と「涙」と「溜息」・・・・・・「心」と「うさ」と「捨て所どころ」・・・・・・どれも名詞の部類に入り、間に「は」とか「か」とか「の」が挟まれてあるだけ・・・・・・なのに、いわんとすることが不思議と分かる。
-吉田照美, アーサー・ビナード 共著 『賞味期限知らず. “酒と文法” 』(2008年, 小学館)より

ごあんない
この詩集は、アーサーさんの朗読(日本語/英語)による音声ファイルをダウンロードして楽しむことができます。詳しくは小学館 audio bookのサイトをご覧ください。
本のご購入については、お近くの書店または思潮社(tel.03-3267-8153)までどうぞ。


心にしみる教科書の歌

川崎 洋 著 : 東京, いそっぷ社, ISBN: 978-4900963207, 2003年.

・・・この二〇〇八年の秋、ぼくの「マイチャート」で大ブレイクしているのは、北原白秋作詞・山田耕筰作曲「待ちぼうけ」だ。日経平均株価やダウ工業株三十種平均、ナスダック総合指数もがた落ちになり、少し反発するも再び下落の中、毎日のように頭の隅で流れている。

「待ちぼうけ 待ちぼうけ ある日せっせと 野良かせぎ そこへ兎が 飛んで出て ころりころげた 木のねっこ・・・・・・」

メルヘンとシュールを綯い交ぜにしたこの一風変わった童謡は、紀元前から伝わる話がベースになっている。中国の戦国時代末期に生きた韓非という思想家と、彼の一派の著作を集めた『韓非子』に原典があり、そのタイトルは「守株待兎(しゅしゅたいと)」―。
 
農家の男が畑仕事に励んでいたある日、兎が不意に現れ、猛スピードで走ってきて、畑の脇の切り株にガツン!と頭からぶつかった。即死の兎を、男は拾って家に持ち帰り、料理して美味しく食べた。なんの苦労もなくご馳走が手に入ったものだから、耕したり草取りしたりして汗を流すことが、急にバカらしく思えてしまった。畑仕事なんかやめて、毎日その切り株からちょっと離れたところでごろごろして、兎がまたぶつかってくるのを待った。しかし、物事はそんなにうまくはいかない。兎は現れず、そのうち畑も荒れて草ぼうぼうで、結局なにも収穫できなかったとさ。

白秋の「待ちぼうけ」と同じように、昨今の金融危機と株安連鎖も元をたどれば、やはり『韓非子』に行き着くのではないか。こつこつと働いて作り出す経済、実態のある経済を、みなほったらかしにしておいて博打マーケットにうつつを抜かしている。まぐれで儲かることもあるけれど、それを当てにしていると、やがて行き詰って「兎待ち待ち」の暴落経済に陥りかねない。
-週刊現代『へそくりヶ丘日本語3丁目』 vol.80"切り株式"(2008年, 講談社)より

「僕に『社会派詩人』というレッテルを貼ろうとする人がいるが、社会を見つめることなく無難な作品ばかり書いている詩人のほうに、逆に『社会無視派詩人』のレッテルを貼ってやりたいと思う」― そう話すアーサーさんの詩や文章は、見過ごしている日常を拾い上げてみせてくれる。その表現はどこか愉快で温かい。

写真: アーサーさんからいただいた豆菓子2種。「大桃豆腐」(池袋)」


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